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【6才~12才】

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小学校の6年間

夜は一人で留守番するのが当前になっていて、夜の楽しい過ごし方を覚えていった。

歌舞伎町から近い所に住んでいた事もあり、自分と同じ様にシングルマザーの子で一人留守番をしている子が何かいました。

少し年上の女の子もいて、その人の所で一緒にすごしたりしました。

どうやって知り合ったのか記憶がないですが似た境遇の子とよく一緒に遊んでいました。

【中学校】

自分の人生の中で苦痛に思っていた。

制服でスカート(セーラー服だった)を毎日着なければいけないという避けては通れない時がやってきて最初こそ嫌悪でしかなかったのですが、そのうち諦めと慣れで中2も後半になり「どうせセーラー服だし女で生活してみよう」女で生活するのがどんな感じなのか試してみました。

でよくあるスカウトのお兄さんに声をかけられました。

スカウト:「彼女すこしいい?いまおいくつ?OL?大学生?」

私:「ちがいます」(心の中で「あ゛~?!」)

スカウト:「高3位?」

私:「ちがいます」(信号長いなぁ)

スカウト:「えっ?じゃあ高2とか?大人っぽいね!」

私:「ちがいます、中2です。」(どこかいけ!)

スカウト:「え~え、中2?ごめんなさい、失礼しました!」

なんだかショックでした。「そんなに老けて見えるんかい!!」と思いました。

同じ頃、母親にも「みょうに大人っぽくてきもち悪いわね。」と言われ更にショック。

女になる為に化粧こそしませんでしたがタイトスカートにパンプスをはくために歩き方とか座り方とか直してみたり自分なりにがんばっていたのに・・・・。

老けてみられるは、しまいには親からきもち悪いと言われるしまつ。ありえない・・・・。

まぁ母親の場合は、女として敵対してくるみたいな感じでしたので、一応表むきは母親おもいの良い子を(自分に)演じていたので「この生き方は誰も得しないんだな。」と女で生きる事に対しての結果が出ました。

ただ20才の成人式(式典には出席しませんでした)の振り袖は着ました。

その当時ちょうど母親の知り合いの割烹料理屋でホール仕事をしていたので店に振り袖で行きご祝儀をたんまり稼ぎました。

全て母親に没収されましたけど・・・・。

この辺の時代の事は、いづれネタとして使えるだろうと思っていましたが、本当にこうしてネタにできました。笑

前に知り合った、ちょうど20才になるFTMの子が成人式に行く服装で悩んでいたので「人生で一度こっきりの機会だし(女になる)後でぜったいネタになっておもしろいと思うよ!!」と助言しました。

その子の親御さんは振り袖を用意してくれていた事もあって「どーせあるなら着ちゃいなよ」とも。

後日その子から「振り袖を着ました。そうしたら親がとてもよろこんでくれました。ありがとうございます。」とお礼を言われました。

ちょっと人のためになったエピソードですが、私的には単純に「このドラえもんみたいな子が振り袖着てたらおもろいじゃん~!」と思っていただけなのですが結果オーライという事で。。

私の本質の部分は楽しいか、おもしろいかの基準で考える傾向な様です。

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この記事を書いた人

家族や過去の経験は私を形作る大きな部分ですが、50年以上のマイノリティなアイデンティティを通じて、自分自身と周りとの向き合い方を学んできました。「あなたの人生の答えを、自分で正解に。」この言葉は、生きづらさを感じるすべての人に送りたいメッセージです。魔法のようなワンステップロジカル思考術を通じて、私は自分の人生を根本から変える旅をしてきました。

この旅は、ただのスキルを超えたものです。自分自身が選んだ道で、出した答えを自身の正解に変えるための生き方です。これからも、マイノリティであることの力と、ライフデザインシンキングを提唱し、広げていきたいという想いを持っています。

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